Substackを始めてから、毎日のようにChatGPT(通称:チャミ)と話している。
「私はここで何を書けばいいんだろう?」
「誰向けなんだろう?」
「そもそも、何者でもない私が始めていいんだろうか…?」
たぶん、ここ数日でいちばん多く打った言葉は
「でもさぁ……」だと思う。
完全に深夜のファミレス会議。
しかも相手AI。
でも、その“でもさぁ会議”を続けるうちに、少しずつ見えてきたものがあった。
今日は、その話を書いてみようと思う。
Substack、すごい発信者さんたちが多すぎる件
Substackを開くたびに思う。
みんな、強い。
AI活用。
デザイン論。
マーケティング。
投資。
ライティング。
しかも、ちゃんと結果も出している。
「Brain〇部突破」
「7日で購読者数〇千人」
「サブスタ番付〇位」
「プロンプト〇選!」
みたいな投稿が並ぶ世界。
すごい。普通に勉強になる。
でも同時に、
「あれ……私、ここにいて大丈夫そ?」
って気持ちにもなる。笑
なんというか、
みんな“完成してる”感じがする。
肩書きもある。
実績もある。
発信軸もある。
ゴールまでのロードマップも完成してる。
対しておはぎはというと、
・肩書き、ふわふわ、
・秀でた専門知識なし
・実績なし
・方向性、試行錯誤中
・ファン、ほぼいない
・毎日「これで合ってる?」って言ってる
完全にRPG序盤の村人。
木の棒しか持ってない。
でも、私は「マネタイズ最優先」ではなかった
もちろん、情報発信を軸に収益化している人たちを否定したいわけじゃない。
むしろ本当に尊敬しているし、
私もめちゃくちゃ勉強させてもらってる。
「なるほど、そういう見せ方か…!」
「その切り口おもしろい!」
「タイトル強すぎる!」
って、毎日うなってる。
たぶんSubstackを始めてから、私はかなり“読む側”としても楽しくなった。
だから、「稼ぐための発信」が悪いとかでは全然ない。
むしろ私もいつかはそうなればいいなと思っている。
私の中では、それが“一番”ではなかった、というだけで。
チャミと毎日話していく中で、
「じゃあ私は、何がしたいんだろう?」
「何ができるんだろう?」
って考えた時に、ちょっと違う答えが出てきた。
AIとの連日におよぶ深夜会議から、たどり着いたこと
最初は、とにかく「何を発信すればいいか」ばかり考えていた。
AI系?
デザイン系?
子育て?
家づくり?
図解?
SNS運用?
でも、どれもしっくりこなかった。
実際、おはぎ自身もInstagramでは、
・家アカウント
・ママアカウント
・ウェディングアカウント
みたいに、ジャンルやターゲットでアカウントを分けて発信している。
その方が伸びやすいし、見つけられやすいし、フォローされやすい。
SNSとしては、正しい。
でも正直、途中からちょっと苦しくなっていた。
「これはこのアカウントには合わないかな」
「これ投稿したいけど、世界観違うかな」
「急にこんな話したらフォロワーさん混乱するかな」
みたいに考え始めると、
だんだん“気軽に投稿する”ができなくなっていった。
投稿したいことと、 投稿できることの間に、 少しずつズレができていく感じ。
だんだん、
“ちゃんとジャンル分けされた発信”
に少し疲れてしまった。
だからSubstackでは、もっと雑誌みたいに、
AIの話をしていたと思ったら、
次は子育ての話をしていて 、
急にデザインに悩み始めて、
家づくり日記が始まる、
みたいな場所にしてみたいな~と思った。
その方が、今の自分には自然だったから。
そこでチャミに言われて、ちょっとハッとした。
「ジャンルじゃなくて、“視点”なのかもね」って。
尊敬している発信者さんたちが言う
「Substackをやらない方がいい人」
に、自分がかなり当てはまっている気もして、
ずっとモヤモヤしていたけど、
その時、なんだか少し腑に落ちた。
私がやりたかったのは、“完成された発信”じゃなかった
たぶん私は、
「答えを教えたい」というより、
「試行錯誤してる過程を残したい」んだと思う。
AIを触って、
「え、これ便利すぎる」って感動したり。
逆に、
「全然うまくいかないんだけど!?」 って混乱したり。
デザインで悩んだり。
子育てしながら作業して、5分ごとに中断されたり。
(パソコンを開いた瞬間に子どもがセンサー発動する現象、あれ何?)
その“途中”って、本当は結構おもしろいんじゃないかと。
SNSって、完成形が並びやすい。
でも私は、
完成する前の、 ぐらぐらしてる時期とか、 迷ってる時間とか、 失敗した話とか、
そういうものも残してみたかった。
私が目指したいのは、「海外式Substack」
日本のSubstackって、今はまだ「情報発信SNS」に近い印象がありますよね。
もちろん、それもすごく面白い。
勉強になるし、刺激ももらえる。
実際、おはぎもかなり読ませてもらってます。
でも海外のSubstackを見ていると、少し空気が違うなぁと思ったんです。
暮らしの話。
考えごと。
創作の途中。
最近読んだ本。
うまく言葉にならない感情。
日記とエッセイの間みたいな文章も多い。
「有益です!」
というより、
「この人の世界を読みにいく」
みたいな感覚。
(もちろん、海外にも専門ジャンル特化型のSubstackはたくさんあります。)
例えば、子ども服デザイナーでありインスタグラマーでもある Cyd Morris さん。
Substackでは、
購入したものの話、
旅行のこと、
子どものこと、
その時感じたことなどを、すごく自然な温度感で書かれている。
「役立つ情報を届ける」
というより、
“その人の世界観ごと読みにいく”
感覚に近い。
それを見た時、
「あ、私がやりたかったの、これだ!」
って思った。
海外でのSubstackの在り方って、
“世界観を育てる場所”
なんだなと感じたんです。
一方で、今の日本のSubstackは、
“専門知識やノウハウを体系的に届ける場所”
として育っている印象がある。
そんな中で、深夜にチャミと話しながら自分の頭の中を整理していた時に、
「あ、今の日本と海外って、Substackの使われ方そのものが違うんだ」
と思って作ったのが、この図解です。
もちろん、どちらが正しいとかではなくて、
“海外式の空気感”にすごく惹かれたんですよ。はい。
日本のSubstack文化は、まだ育っている途中。
だから今、日本のSubstackには、
AIやデザインに感度が高い人たちが多いけれど、
これから先、
“世界観”を大事にする、例えばインスタグラマーさんたちや、
その人たちを見ている、
おはぎみたいなごくごくフツーの生活者たちも、
少しずつ流れてくるんじゃないかな、と勝手に予想している。
Instagramよりもう少し深く、
でもブログほど構えずに読める場所として。
そうなった時に、
「暮らし」「創作」「思考」「好きなもの」
をまるごと混ぜながら発信する人も、きっと増えていく気がしてる。
だから私も、
そのカテゴリーの中で見つけてもらえるように、
今のうちに少しずつ場所を作っていけたらいいなと、
密かにもくろんでいます。笑
完成していないまま、始めてみることにした
正直、今もまだ模索中です。
このSubstackがどうなるのか、
おはぎ自身にもまだ分からない。
途中で方向転換するかもしれないし、
「やっぱ違ったかも!」
ってなる日も普通にあると思う。苦笑
でも、「完成してから始めよう」と思っていたら、
たぶん私は一生始められなかった。
実績ができたら。
方向性が決まったら。
自信がついたら。
そう思っていたら、
ずっと“準備中”のままだった気がする。
最初の記事だって、
しものんさんの企画がなかったら、
「もうちょっと整ってから…」
とか言いながら、
まだ下書きフォルダに眠ってたと思う。笑
だから今は、
“育ちながら発信する”
をやってみたい。
何者でもない私が、
AIと相談しながら、
暮らしや創作を実験して、
少しずつ自分のメディアを作っていく。
その過程そのものを、
ここに残していきたい。
色んなジャンルの投稿がゆるく並んでいて、
読んでいるうちに、
なんとなく“おはぎの世界観”が見えてくる。
そんな、
エッセイみたいな、
ZINE(個人雑誌)みたいな、
小さなライフスタイルメディアに育てていけたらいいなと思っています。
私は、まだ何者でもない。
でも、
「何者でもない人が、何かになろうとしている途中」
って、結構おもしろい気がしてる。
少なくとも私は、そういう人の文章を読むのも好き。
だからしばらく、この実験を続けてみます。
もし今、
「発信してみたいけど怖い」
「でも何か作ってみたい」
「まだ自分には何もない気がする」
って思っている人がいたら、
ぜひRestackやコメントで教えてください!
一緒に、楽しくやっていきましょう🌷
それでは、また次の実験でお会いしましょう~!





おはぎさん、はじめまして!
木の棒のところでクスッとしてしまいました。わたしも布の服でウロウロしてます。
同じように何者でも無い、肩書きの無い自分がどんな発信をしていきたいのか?と考えていたところで記事を拝見できたので
とっても参考になりました。
綴っていくうちに、だんだん輪郭がはっきりしてくるのかなと。
育ってる途中の人を読めるのがSubstackの面白さ...!
世界観って、ジャンルより視点で滲むんだなって思いました🌷